昨年4月に脳梗塞になった母
だいぶ良くなって来てはいるけれど、以前の母とつい比べてしまう私
リハビリの事、車の運転免許の更新の事、母にとって嫌なことも言わなければいけなくて・・・
その後の私達の様子を綴ってみました。
母の今の様子
同じ脳梗塞と言っても、その後の後遺症はいろいろで、比べられるものではありません。
脳の血管が詰まってしまった場所によって症状が違うのだそうです。
我が家の母はたしか視床という部分だったと思います。
右側に少し麻痺があります。
麻痺と言っても比較的軽い方だとは思いますが
意識して上げようと思えば上がるけれど歩くときはいつも足を擦って歩く
スリッパはいつも右足だけ履けてないのにそのまま歩く
身体全体の動きと脳の通信機能がスローペースになり、
食べ物を「食べる?」と聞いてからスーッと出てくる手の動きが独特
母が脳梗塞になった事を知らない人から見ても、何か違うのは一目瞭然だけれど
脳梗塞になった事を知っている人から見れば、「見た目は普通」と言われる微妙な具合
脳梗塞になる前の母とは全然違うけれど、どこが違ったの?と改めて言葉にすると
そのくらいしょうがないよね?と言われてしまうぐらいなのかもしれない
それでもその少しの変化の積み重ねは、ずっと一緒に暮らしている人から見ると大きな違いで
積もり積もって不安や心配や苛立ちになる
高次脳機能障害
病院からは「高次脳機能障害」と言われていて
例えば
✅自分ができなくなっていることを自覚できない
✅段取りが悪くなった
✅なんとなく空間の認識がおかしい(人がいるのによけが甘い)
✅単語が出てこない
✅字を書くのを億劫がる
などなど・・・
何より困るのは、自分ができなくなっている事を自覚できないので、こちらが指摘してもなんともないと言う事
できなくなった自覚があればリハビリをしようと言う意識になるんでしょうが
「できなくない」と思っているのでリハビリしたら?と言っても「できるよ」と言い返されてしまうこと
脳梗塞になってすぐから、一日一列でいいから日記を書いたら?と脳のリハビリのつもりで提案したけど、きっと書いたのは一日くらいかな・・・
日記はね、文字を書くこと、日付と曜日を確認すること、その日あったことを思い出すことでリハビリに良いんだって
と何度も何度も提案したけれど、その都度なんとなくごまかされてしまう
車の運転免許の更新が気が重い
母はいまだにそのうち運転できるようになると思っていて、そのことをあえて強く否定する必要もないと思いそのまま話さずに来ていたけれど、いよいよ免許の更新のこともあり、なんとなく無理だと伝えているけれど、そのうち良くなると思っているのは変わらない様子・・・
それならば・・・と少し突っ込んで話をしてみました。
母ちゃんがね、これからどんな風に年をとって行きたいかによるんだよね
前みたいに動けるようになりたい
前みたいに運転したい
もっと良くなりたい
って思うならば、それなりにリハビリしないといけないよね?
前のようにパッパと動けないのはわかってる?と聞くと
「それは足が痛いからね」と言ってくる母
足が痛いだけじゃなくて、脳の働きの方で動けないことは?と聞くと
「う〜ん・・・前よりはちょっとね」と認めたくはないけれど仕方なく少しだけ認めた雰囲気・・・
退院するときに高次脳機能障害って言われて、それには脳トレとかのリハビリをやった方がいいって言われたよね?
だから私は日記を書けば?っと言ったりまちがい探しの本を買ってきたりしたよね?
脳梗塞によってダメになってしまった部分は元には戻らないけれど、使っていくことで他の部分が使えなくなったところを補ってくれるようになるかもしれない
そのためにリハビリをするんだよ
そして、私が今までずっと言ってきていることはそう言うこと
それをいくら提案しても、母ちゃんが良くなろうと思わないのであれば、それはただの意地悪で言っているかのようになっちゃうんだよ
だから、自分がもっと良くなりたいのであれば、自分が好きなことをやるだけじゃなくて、文字を書くのが嫌いでもやるべきだと思うけど・・・
それに免許の更新をしたいと思うならば自分で予約を取ったりできないと、運転なんてできないよね?
それを誰かにやってもらわないとできないのでは、車の運転は厳しいのではないかな?というと
「そうだよね、自分でやらないとね」と
はっきり車の運転なんか無理だと全否定することは、私としてはすごく苦しいのでなんとなく時間が過ぎてしまってそのままなんとなく期限を迎えてしまえばいいなんて思ってもみたけれど
それもまた残酷
納得させるべきか?でも、わざわざ自信を失くすようなことを言わなくてもいいのではないか?
免許が失くなる悲しさを思えば、更新の作業だけさせて、乗らなければいいのか?
いろんな事を考えています。
自分自身と母との葛藤
繰り返しリハビリしたほうがいいとか、日記を書けば?なんて言っている自分が意地悪な気分になったり
母にとってとても嫌なことを言わなければいけない自分がすごく嫌な役目でもあり、逃げられなくもあり・・・
今は大きな課題です。
時に、指摘しなくていいような事を言っている自分が嫌だな〜とも思います。
数日経つと「良くなりたければ自分次第」と話した事もきっと忘れてしまっているのでしょう・・・
そしてまた、
足の動きが悪いならどこかにつかまって、足をあげるリハビリでもしたら?
と言うと、あまりやっていないのに
「やってるよ」と言われる
そんな日々を過ごし、イラッとしてみたり(笑)
それでも、これだけで済んだことに感謝してみたり
病気はなりたくてなる人は一人もいないのですよね
誰も、なりたくてなってない
本人が一番辛いはず
それでも
本人があまり深刻に考えないことが、もしかすると救いなのかもしれませんね
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