人生最後の写真を元気な時に用意していた祖父

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ちょうど10年前に亡くなった私の祖父はよく

「みーちゃん(私)が20歳になるまで頑張るよ〜」とか

「結婚するまで頑張るよ」とか

「ひ孫(私の娘)が20歳になるまで頑張るよ」とか

言っていました。

少し先の目標に向かって気力を保っていたように思います。

その祖父は写真が趣味で、よく撮影会に行ったりしていました。

祖父が68歳の時に、自分で自分の写真を撮り、ちゃんと額に入れ

家族に「これは俺の最後の写真だから、これを遺影に使って欲しい」と言っていました。

写真を入れた箱には

「これを人生最後の写真に使って下さい」

と書いて保存していました。

その頃私は20歳位だったかな〜

まだまだ元気なおじいちゃんがそんな事を言うので、

「あんまり早いでしょ〜」

なんて言いながら笑っていました。

それから20年・・・

確か88歳、数え年の89歳まで生きました。

時々その写真を引っ張り出して来ては、「これは俺の最後の時の写真だからな」と私に伝えていたおじいちゃん

祖父が80代になった頃、私が

「あんまり若いじゃない?」

「もう顔が全然違うじゃん」

とか言うと

「いいんだよ、これで」

「俺はこれが気に入っているんだ」

と言うので、

「そうなのね」

なんて話しました。

そして88歳まで生きて、亡くなった時はちょうど私の父親が68歳

お葬式に来た祖父の顔をよく知らない人などは一瞬写真を見て、若すぎる遺影写真に「あれ?」私の父?と戸惑った方もいたようです。

今も遺影を見ると思い出します。

そんな祖父とのやりとり・・・

度々写真を出して来てたな・・・

顔が違うじゃん  とか

あんまり若いじゃん  とか

思いますが、

でも、若くて元気そうなおじいちゃんの顔の遺影の方が、なんだか若くて元気な姿で天国にいるような気がするのです。

最後まで家で過ごしたおじいちゃんですが、自分のことは自分でできていましたが、でもやっぱり最後はだいぶ老いていました。

その頃の写真が遺影にしてしまっていたら、

その姿で天国にいるような気がしていたら、

少し寂しい気もするので、

たしかに遺影が若いと元気だった頃を思い出すので

前もって用意しておくのも悪くないかもしれないですね

今は「終活」と言って自分の最後の為の準備を元気なうちにしておくという人も増えています。

元気なうちに遺影を準備する方も増えています。

そうすれば、自分の気に入らない写真が遺影になっているということもないのかも?

遺影は、自分の事を知らない子孫にも見られるかもしれない大事な写真

その写真のイメージで自分の事を判断されるかもしてません(笑)

我が家は祖父も祖母も早くに遺影の準備があったので、葬儀の時に写真が無いという事も無く助かりました。

昨日の写真の整理をしたい記事関連で祖父の事を思い出し、今日の記事にしたら、なんと明日は祖父の命日でした。

明日はお墓参りでも行ってこようかな・・・

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